ミニマリズムの本質とは?

minimalism

発祥はアート

発祥はアート

ミニマリズムの発祥はミニマルはミニマルアート。不要なものを取り除き最小限のものを強調するものです。現在はミニマリストが世界的なブームになったこともありアートというよりもより生活に根差したものになっています。ミニマルアートからイメージできるミニマリズムは最小限ものの強調。つまり選択と集中。そして、余白を大事にすることにあります。

減らすのが目的ではない

本来は強調が目的であり、物を減らすのはその為の手段なのです。よく物の数が多い、お前はミニマリストではないと批判している人がいますが、あんなのはお門違いなわけです。

物の数で競うのは不毛

つまりでミニマリズムにおいて物の数で競うのは不毛。数字の方がどれだけすごいかわかりやすいから数字でアピールするんでしょうけどね。物の数で競うのではなく自分好きなものに集中できる環境づくりができているか?の方がミニマリズムの本来のテーマであります。

好きな物の最大化が目的

つまり冒頭でも述べた通り、好きな物の最大化が目的なのです。暮らしでいえば例えば部屋の中では自分の一番集中した物に面積を使う。好きな物を最大化しようとすれば部屋の広さも人間の脳の容量、時間には限界があるわけですから自ずと好きな物以外の物の量を減らす必要が出てくるわけです。

脳機能

脳機能

最近、ビジネスで成功している人の中にもミニマリスト傾向の方がいる現実を鑑みると脳機能とのかかわりもミニマリズムの重要な役割の1つになっているといえます。

そもそも現代の物の多さは脳に負担がかかりすぎ

現代の物や情報の多さは便利であると同時にある種の苦しみも生み出しています。人間の身体は現代の物、情報の量の大さ・刺激の強さに耐えられるようにはできていないのです。

物の数が多いことは予想以上に脳の負担となる

部屋の中に物が多いことは予想以上に人間の脳にとって負担になります。物は一つ一つが情報となり、視覚に入った時点で脳のリソースを奪います。例えば、作業中にスマホが視界にあるだけでもスマホが視界にない時に比べ集中力が減るのです。それだけ人間の集中力・脳は繊細だということです。

集中するためにはマルチタスクよりシングルタスクゆえに物を減らす

スマホが視界にあるだけでも集中力が削られるほど人間の脳は繊細。なので、やはり集中する為には物を少なくするという手段が有効なのです。何度もお伝えしているとおり、物を減らすということは目的ではなく手段なのです。物が視界に入るだけでも人間の脳はマルチタスク状態になります。近年はマルチタスクよりもシングルタスクで集中して物事に取り組んだ方が圧倒的に作業効率が高いことが明らかになっています。このシングルタスクを実行する為の手段の1つが物を減らすことと言えるでしょう。

結局は自分なりのバランスが取れるか

結局は自分なりのバランスが取れるか

物の量については結局は自分の中でバランスが取れているかどうかです。圧倒的に集中することができて、実際に作業効率などが上がっている、または幸福度が上がっているのであれば十分にミニマリズムが実行できているはずです。

ゴミが多いのはもちろんミニマルじゃない

とは言ってもゴミが多いのはやはりミニマルではありません。たまにゴミまで捨てられないような人がいます。ゴミまで必要と考えている人からすると、ゴミ屋敷住人もミニマリストになってしまうのか?とか言う人もいそうですが、もちろんミニマリストではありません。なぜなら彼らがゴミを必要と思っているのはゴミに依存しているような状態だからです。依存は対象に心が支配されていて、本当に好きではない物を好きと言えてしまえる状態です。自分に必要な物に集中するのがミニマリズムだと書きましたが、必要な物に依存物が含まれている人は要注意です。依存物を必要だと思うのは単なる錯覚でありミニマリズムとは明確に異なります。

本当に必要な物、幸福度を上げるものに囲まれているのがミニマル

本当に必要な物は依存なんかではなく、幸せな状態や成長する状態を作りだしてくれるものです。
たとえば料理、読書、音楽鑑賞、人との鑑賞、自己成長など。他にも人によっていろいろなものがあるでしょう。
というかミニマリズムの追究がしたいことであってもいいと思います。
人に害を及ぼさなければ、なんでもいい。
ミニマリズムはそういったものを最大化し、他を削る考えです。
ミニマリスト=物を持っていない人と思っている人の思うミニマリズムとは離れているかもしれません。
ですが、ミニマリズムを実践している人は自分なりにしあわせを目指してミニマリズムに至ったわけです。
やはり物を減らすのは手段であり、目的ではありません。

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